ボクが彼女に招かれたワケ
「どうぞ」
「お、お邪魔します」
ボクは少々、緊張しながら玄関をくぐった。
何しろ、女の子の家に遊びに行くなんて、生まれて初めての経験である。ボクは心臓の鼓動が早くなっているのを自覚していた。
「ウチ、共働きで兄弟もいないから、そんなに緊張しないで」
「えっ?」
彼女はボクの緊張をほぐすつもりで言ったのだろう。でも、ボクはそれを聞いて、今度は別の意味で緊張してしまった。女の子と──それも飛び切り可愛い美少女と二人きり。ボクはいけない妄想をついつい思い浮かべてしまう。
「ねえ、ケーキ食べる?」
「う、うん」
ボクを自分の部屋へ通すと、彼女は笑顔を残して、ケーキの準備をしに行った。その間、ボクはジッとしていることも出来ず、彼女の部屋の中をそわそわしながら眺める。当然のことだけど、やはり女の子の部屋だけあって、きれいに片付いていた。おまけに、何だかいい匂いがする。
それにしても、どうして彼女はボクなんかを家に招いたんだろう。自分で言うのもなんだけど、ボクはこれまで女の子と親しくしたどころか、会話したことすらない。学校では誰もがボクのことを嫌っていると思っていた。
「お待たせ」
やがて、彼女はトレイに紅茶とケーキを乗せて戻って来た。
でも奇妙なことに、紅茶は二人分が用意されているにもかかわらず、ケーキは一皿しかない。まさか二人で半分こするとか?
「どうぞ」
彼女はボクにケーキが乗った皿を手渡した。ボクはそれを受け取りつつも、
「キミの分は?」
と尋ねた。すると彼女は首を横に振る。
「私はいいから」
「でも……」
「ケーキ、あんまり好きじゃないの。気にしないで食べて」
彼女のスラリとしたスタイルからしても、特にダイエットをしているとは思えなかったが、せっかく勧めてくれているので、ボクはフォークを手に取り、ケーキをひとかけら、口に運んだ。
それを見ていた彼女の喉が、ゴクン、と鳴った。ボクは思わず手を止める。
「やっぱり食べたいんじゃない?」
ボクは彼女に言ってみた。それなのに彼女はやっぱり首を振る。
「ホント、私はいいから」
そう遠慮はしているが、ボクに向けている笑顔は無理をしているようにしか見えない。ボクはケーキを皿ごと、彼女の方へ突き出した。
「そんな、無理に我慢しなくていいよ。食べたいときに食べればいいじゃないか」
ボクは、ちょっと語調が強すぎたかな、と言ってから後悔したが、それが向こうには真摯な気持ちとして伝わったらしい。彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「本当にいいの?」
「ああ」
「本当に我慢しなくてもいいのね?」
「もちろんだよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
彼女はケーキを差し出すボクの腕を握った。そして──
ガブッ!
いきなり彼女は、ボクの腕に噛みついてきた。
「うわああああっ!」
ボクは激痛に悲鳴をあげ、ケーキが乗った皿を落っことした。それにも構わず、彼女はボクの腕の肉を完全に食いちぎる。そして、クチャクチャと音を立てながら、美味しそうに咀嚼した。
そのときの彼女の満足そうな笑みと言ったら――
「やっぱり私、ケーキよりもこっちの方が好きだわ。ずっとあなたのこと、美味しそうだなって思ってたの。では遠慮なく――いただきます」
ボクが彼女に招かれたワケをようやく悟った。